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私たち株式会社ツタエルは【伝えたい想い】があるのに伝えられない、と悔しい思いをしている人や会社のために、動画・名刺・ホームページなどのツール制作や事業継承、セミナー活動などを通じ、あなたの【想い】や商品の【強み】をちゃんと伝える、「想い伝えるサポート会社」です。

2013年10月12日(土)
会社の辞め方

私事ですが、
サラリーマン時代に2度辞表を提出したことがあります。

1度目は30歳のとき。
提出したものの、この時は退社するにいたらず。

その際の上司でお世話になったMさま、
「世の中がもっともっと広いことを教えたるワ。あと10年残って勉強してみろ。」

あの時辞めなくて正解でした。
おっしゃる通りその後の苦労と喜びの経験がとても勉強、糧となり、残って新たなポジションで頑張ったことで今に繋がる人脈も相当広がりました。


2度目は、8年前、実際に辞めた37歳のとき。
通算この2回、辞表を提出しています。

辞める際に困るのは「辞表」の書き方。
なかなか他人に聞くことはできません。

特に1度目は、まだまだ今のようにネットを活用する時代でもなく、会社の辞め方、辞表の書き方の本を買いに行った記憶があります。
ちなみに2度目は、会社定型の「退職願」があることを1度目の経験で知っていましたので、それを活用。


それから時代は進化しました。
辞表は動画で出す時代に。

「踊る辞表ビデオ」。
世界中からの閲覧数がすごい勢いで増えています。

朝4:30、仕事中です。
私はニュースビデオ制作で定評のある会社で働いています。
ほとんど2年間、友達との関係を犠牲にし仕事のために時間、エネルギーを捧げてきました。
ボスの興味は、ニュースビデオの閲覧数だけ。
だから、私自身のことであるビデオを作ろうと考えたの。
閲覧数を心配しているより内容が大事だということをボスにわかってもらうために。
(ダンス中)
辞めるわ。
辞めます!
失礼します。

この辞表ビデオが公開され話題になると、会社側からもパクリ、パロディの返答&求人ビデオが公開されています。

私たち8時間勤務でまだ仕事中です。
ダンスのスキルで採用することで定評のある会社のために働いています。
周りにレストランがないんで、ランチはデスクで食べます。
でもね、屋上プールとサウナができてから、ま、いっかと言ってます。《※訳が怪しい》
それと、
(女性用トイレに不法侵入中)
私たちはおかしなコスチュームを着るのがお気に入り。私たちが撃つマネするとボスは倒れてくれるんです。
とってもいい職場..。
マリナの退社後の幸運と、そしてみんなが・・・
(ダンス中)
ウチの求人募集を知ってくれることを願います。
求人してます。
人材募集中!
連絡はコチラまで。##@####

※がんばって訳してみましたが、英語できませんので間違いはご愛嬌で。

両方ともウィット、ユーモアがあって、いいですねぇ。

でも、なかなかこんな辞め方は普通できません。
誰かウチの会社を辞める場合は、あってもいいかも。
残ったスタッフで楽しい反撃ビデオを作ります。(笑)

Posted by 岡田 徹 at 11時29分

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プロフィール

岡田 徹

株式会社ツタエル

取締役&総合プロデュース

岡田 徹

昭和43年京都生まれ。大阪育ち。東京在住。立命館大学経営学部卒業。

バブルの真っ只中、楽な就職活動で松下電工株式会社に入社。
とにかく一番に出世しようとバリバリ働き、営業成績もバリバリ。

地方営業所のルート営業で得意先の中小企業の社長さんたちからいろいろ教わるうちに、「経営者」という生き方に興味・魅力を感じ始める。

30歳時点で、将来の独立のため転職を決意、辞表を出したものの退職できず。(今となっては正解だった?)

その後、東京に転勤。歯に衣を着せられない発言・行動が功を奏し?、34歳のときに、東京本社汐留移転の際にできたサテライト営業所・練馬営業課の責任者に抜擢。

その後、37歳で退社、念願どおり独立。

松下電工在籍16年間、営業一筋。得意先の工務店さんが仕事をとれるお手伝いをひたすら考え、がんばりました。

住宅リフォームで独立したもの、うまくいかず・・・。それで困っていたところ、本当にやりたかった“集客のコンサルティング”の仕事がなぜか舞い込むようなりました。

集客のコンサルの仕事をやるうちに、「クライアントの良さ、強み」をきっちり形にできるツール制作会社が少ないことに気づく。

ここは自分+信頼できる仲間でやるしかない!と一念発起。

大西と共に会社設立、今に至る。


・「心の集客コンサルタント」エナジーフロー有限会社 代表取締役

【すごーく影響を受けた人】
・両親
・小学6年のときの担任、川副先生
・元上司で師匠、中田秀樹さん
・神田昌典さん、佐藤昌宏さん
・中村文昭さん

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